都市空間に潜む自然と奥性(2)

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2012年 7月 31日
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東京は、「場所がもっている自然や奥性などの潜在力」を活かしながら都市づくりをおこなってきたようです。

 
 
 


都市空間に潜む自然と奥性(1)の記事から随分時間が経ってしまいました。

そこで紹介した神社は、「まるで森に囲まれているかのように感じさせます」と紹介しました。

 
 
 


しかし、実際はこのように、手水鉢(ちょうずばち)のすぐ後ろに住宅街が迫っています。

 
 
 


住宅街とのこの距離は、笑ってしまうほどです。

近代都市が形成されていく過程において、地価の高騰や税の問題などで寺社の多くもその敷地を縮小せざるをえなかったのだと思います。

 
 
 


しかし、道路から社殿に至までの「距離」だけは存続させ、奥深さを死守しようとしているように感じさせます。

槇文彦ほか著の「見えがくれする都市」によると、
日本では歴史的に、集落は往々にして山の下を走る街道筋に沿って長く配列され、それに対して直角に山裾の神社、さらに山奥の奥宮(おくみや)を結ぶいわゆる宗教軸が確立されたようです。

それはまさしく道から奥まって、樹木を背にした神社という形式で、今日東京をはじめいたるところで見られるパターンの原型であります。しかも普段人の行かない山奥に奥宮(おくみや)を設けることによって、見えない位置に重要なものを存在させるという形式が確立したようですが、これは、西欧社会の信仰の中心の象徴である教会が、見える、あるいは見えさせる形式であることと比べると極めて対照的であります。

 
 
 


道に関しても対照的です。

西欧では道は先ず「区画する」ものであるのに対して、日本では道は「区画する」「つなぐ」以外に「到達する」性格のものも多くあります。

この「到達する」あるいは「わけいる」という枝道的な道のあり方は、山林のような自然界に於いて、普遍的にみられるものですが、日本ではそれが自然界と全く対照的な位置にある都市でさえも随所にあらわれます。

さらに、その枝道的なものが街区の内部に浸入したり、周辺の条件に柔軟に対応するため、日本の都市における道と街区の関係は他の国にはない独特の領域性を形成しているように感じさせます。

私たちの都市は、道の形態からもわかるのですが、全体を一つのシステムで覆うのではなく、その場その場に適合するように空間を埋めていっているのではないでしょうか。

 
 
 


「東京時代MAP」の中にあった「御江戸大絵図」です。

このMAPを見ながら江戸時代と現代の地図を比較してみたのですが、現代の道はほとんどが江戸時代からのものであることがわかります。

 
 
 


続けて読んだ中沢新一氏の著書「アースダイバー」の中で、
「東京の都市空間の中に散在する寺社のような時間の作用を受けていない『無の場所』は、ほぼ縄文地図における聖地に違いない。そこは、縄文時代には岬のような地形の場所で人々はそこに強い霊性を感じ、石棒などをたてて神様を祀った場所であったが、その記憶が失われた時代になっても都市の時間進行に影響を及ぼし続け、『無の場所』ままとどまっている。それはつまり、現代の東京は、縄文人の思考から未だに直接的な影響を受け続けているのである。」というのです。

確かに、Fukuzaki Atelierのそばの神社の立て札にも、「石剣があった場所で、本殿の奥深くご神体として奉納されている」と書いてありました!

中沢氏の説に基づくと、産業資本主義の思想の中で近代的な都市づくりを行っていった際にも、日本人には無の場所(奥性)を守ろうとする考えが「無意識」のうちに働いていたということになります。

東京という大都市は、縄文人の影響を江戸時代のみならず現在も受け、「無意識」のうちに大切なものを守り、それを包み込むかたちで領域形成がされていったため、道も効率性より、包み込まれていくべき対象に従って自在に変形する柔軟性を優先させたと言えそうです。

 
 
 


しかし、
このような他の国にはない個性的な東京も、エネルギー問題などを抱えてしまった現在、この個性を活かしながら、今後どのような都市計画で整備していくのがよいのだろうかと考えていた時に、新建築1012年の6月号の月評の中で、ジェイコブズ的アプローチ(かいわい性を備えた都市づくり)に環境的視野を組み合わせたイギリスの都市再生論があることを知りました。

う~ん、日本でも市民活動における生気溢れる場所(かいわい性)と無の場所(奥性)を立体的に組み合わせ、エネルギー問題を解決できるような「計画された自然環境(みじめにギリギリ残っている自然も整える)」と枝のように自由に延びる道とで包み込むような都市づくりができないものかと勝手に考えています。

いきなり都市のあり方を提案するのは難しけれど、小さな建築であっても都市づくりに参加しているということを意識することは、いずれ良質な都市形成へとつながっていくかもしれません。上記のような都市づくりのために、クライアントの理解を得ながら少しずつ色々な提案をしていくことができたら良いと思います。

 

(写真撮影 2012年7月29日他) 塚田眞樹子建築設計